この論文が出来た当時を思い起こすと感慨深い気持ちで一杯になります。
ということでしばし昔話をしたいと思います。
当時は医学部で大学院生をする傍ら、整形外科の脊椎グループの一員として大学病院でも勤務しており、日々の脊椎手術に加えて腰椎外来の枠も担当しておりました。平たく言うと慢性腰痛外来です。
何をしても良くならなかった『ドロドロの(という表現がしっくりくる)』慢性腰痛症の患者様が、千葉県内外の実に様々なところから紹介状を持たされて大学病院に集まり、長蛇の列を成しているという所でした。
クリニックによくいらっしゃる「昨日ギックリ腰をやりまして…」という方々とは次元の異なる、かれこれ数年は寝るのも辛い腰痛に苦しみ続け、お金と時間を沢山使って医療機関でありとあらゆる標準治療を受け、また様々な代替医療を試し尽くしても楽になれず、仕事も痛みで続けられず、果ては一縷の望みを掛けて手術を受けても痛みが取れず、主治医も困り果ててさじを投げてしまい、あとは大学病院で何とかして貰って…と紹介状一枚で『卒業』させられてしまい、行き場がなく救いを求めて来院された極めて治療の難しい方ばかりでした。
多くの人がご自身の置かれている状況に絶望感、悲しみ、怒りなどのやり場のない感情を抱えて遠方からお越しになり、待合で更に数時間待たされた挙げ句にやっと診察室に呼ばれるという調子なので、外来の雰囲気も一様に一触即発でいま思い出しても気の滅入る場所でした。 今の医学が提案できる標準治療がことごとく通用しなかった痛みを抱える人たちばかりですので、当然ながらすぐに痛みが取れてハッピーエンドという人は少なかったです。
大学病院ならではのスペシャル治療なんていうのを皆期待して来院される訳ですが、夢の無いお話で恐縮ですがそんなのあるはずも無いんですから…
そんな秘奥義があるなら普通に市中病院にも出回っていて既に多くの人を救ってますよ…そうでしょう先生!?!?と紹介元のドクターを恨めしく思いつつ、文字通り最後の砦であるその外来に足を運び続け、診察をし続けました。
どうすればこの方々の腰の痛みを少しでも取ることが出来るのか、それが叶わないならどうすれば痛みを抱えつつも幸せに向かっていけるのか、などと哲学的な方向にもしばしば脱線しつつ、次の予約でお会いするときまでにどんなアイデアを提案できるのか(無策で行くと患者様の落胆が激しいためこちらも必死)、寝ても覚めても『痛み』について切実感を持って考え続けていました。
そんな時、任天堂がリングフィット アドベンチャーというフィットネスゲームを発売し、その斬新なゲーム性からSNS界隈でちょっとした社会現象になっていました。
その書き込みの数々を何気なく眺めていた時、これをやるとなぜか腰痛が取れた、肩こりが治ったなどというSNSの書き込みがちらほら、しかしトータルでは結構な数が投稿されていたのを目にし、強く記憶に残り続けました。
『運動や筋トレは健康になるだけでなく、痛みにも効く』ということは知識としては医療者の誰もが知っていましたが、同事にその運動を続けさせることの難しさも良くわかっていました。
患者さんには運動しなさい、鍛えなさいと無責任に言ってるけれど、内心ではまぁ無理だよね。キツいし。続かないよね。ジムとか飽きるし。パーソナルトレーニングとかお金掛かるし。といったことも口にこそ出さないけど皆わかっていました。
運動を推奨する一方で運動習慣を続けさせるノウハウはほとんどの医療者が持っていなかったのです。
『任天堂リングフィット アドベンチャーは取り組むことで腰痛がしっかりと取れる優秀なプログラムである。同事に
①ゲーム性があって面白く、継続したくなるギミックが随所にあるので長く続けられる
②お金も買い切りの低料金で極めて良心的
③家でやれるので通院などの手間が不要、しかもコロナ全盛期でも感染リスクと無関係(2020年当時)
④頑張れば老若男女全員が出来る普遍的なゲームデザイン
⑤薬剤や手術と違い副作用や合併症は無い(まれに悪いフォームで膝や腰を痛める人はいた)
⑥国庫である医療費の消費が皆無!!
など、ほかのどの治療よりも色々な面で優れた腰痛の治療方法として大真面目に推せるのではないか?なにより、いま私の目の前にいて困っている患者様達を笑顔に出来るゲームチェンジャーになり得るのではないか?』 との考えに思い至るのに長い時間は掛かりませんでした。
寝ても覚めても腰痛のことを考えていた当時だったからこそ、大学病院の腰痛患者様にやってみてもらおうかなどと思いつくことが出来たのだと思います。
当時一緒に外来で苦労していた臨床心理士で盟友の清水啓介氏と綿密な相談の上、日々絶望感で過ごされていた当時の腰痛外来の患者様達がリングフィットを毎週やっていく中で痛みの面とメンタルの面でどのように変わっていくのか、を記録し考察したのがこの論文です。
論文作成には私の大学院での師匠である江口和先生にも多大なるお力添えをいただきました。
参加した患者様達が、良くなるなら何でもやる!と藁にもすがる想いで丸い輪っかのコントローラーを必死に振ったり絞ったりしながらスクワットしたり腹筋をしたりして汗を流し、徐々に笑顔を取り戻し、いつの間にか腰痛も軽くなってきました、と次々に口にされるのをこちらも大いに驚きつつ、これはいけると確信を持って日々結果を記録し続けました。
この辺の地道な作業は研究費もゼロで人を雇うことも出来なかったため、臨床心理士の清水氏、焼山氏のプライベートの時間を削っての膨大なご尽力があって完遂することができました。
なお、研究に使用したリングフィットと任天堂スイッチ本体は私が自腹で2セット買って本研究に捧げました。
私は自分の自宅用と腰痛の友人へのプレゼント用も含めリングフィットを4セット買ったので、これはさすがに日本でも唯一の人間だと思います。(どうでも良い後日談でした)
そうして悪戦苦闘しつつ書き上げた論文が採用された当初も、ニュースとしてSNSに取り上げられた直後も、世間ではそれなりに反響も大きかったのですが、その医学的な意義については専門家であるドクター達にはあまり理解や共感を得られなかったな、と記憶しています。
なんかサトウが変なことやってるわ、大学病院内で患者さんにゲームやらせて遊んでるの?などとむしろ嘲笑を受けていたかもしれません。
噂を聞きつけた糖尿病外来のドクターから「リングフィットでダイエット外来やっているそうで、うちの肥満の患者様を送らせて貰って良いですか?」となんか違うんだけどなぁ…(汗)という打診が来たこともあります。
しかし、「リングフィットで慢性の腰痛が治るって記事をみたので自分も買ってやってみたらホントに腰の痛みが良くなった!」といったSNSの書き込みをたくさん拝読し、私がお会いしたことのない多くの方々が我々の研究を元にリングフィットを自宅に導入し、またはもう持っている人が記事を読んで再度取り組んでいただいたことで、一時的にでも腰痛から解放されたと言う事実。日本における腰痛の苦しみの総和をほんの少しでも減らすことに我々の研究がわずかでも寄与出来たということはこれからも誇りにしていきたいです。
最近では私の所属している腰椎班のドクター達が研究会などで私の研究を引用してくださっている場面にしばしば遭遇し、深い感謝と共に、この研究理念が少しでも浸透して更なる後続の研究につながってくれたらうれしいな、と密かに期待しています。
私も準備が整えば第二弾となる腰痛研究に着手し、世界の腰痛を更に減らしていけるように尽力したいという想いでいます。
諏訪の杜グループ一同はこれからも腰痛でお悩みの患者様、その他あらゆる痛みでお悩みのすべての患者様に深くコミットし続けて参ります。
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